2010年11月 4日 (木)

『 流れゆく 心象風景 またひとつ 』

真夜中、横浜の馬車道で得意の車中仮眠をした。1時間半くらい爆睡しただろうか‥。眠らない港町、横浜・関内界隈の街も‥午前4時を回り、静けさの中にあった。「ちょっと寝過ぎちゃったな‥疲れが溜まってたのかな‥」馬車道から移動して、関内駅前のマクドナルドの前にクルマを停車した。ここで一服しよう。寝起きでまだ頭がボーッとしている。起きがけに走って事故を起こすクルマは多い。車外に出て外の空気を吸って、一服してから出発しよう‥。関内駅前交差点付近、この場所ではタクシーの客待ち行為が禁止されている。しかしなぜか一向に、タクシーの着け待ち行為はなくならない。時々、警察がパトカーで巡回して来て、ずらっと並んで客待ちをしているタクシーに警告を発しては、ドライバーに移動を命じている。しかし、それもその場限りのものでしかなく、警察がいなくなれば、タクシーはまたぞろ戻って来て同じ場所に着けるのだ。タクシードライバーも生活が懸かかっているから、警察に言われたくらいでアッサリと稼ぎ場を明け渡すことなどしない。ようするにトカゲのシッポ切りである。警察も当然それを知っているが、一応やることはやっている‥
ということなのであろう。タクシードライバーとして言わせてもらえば、日頃から警察には随分協力しているつもりだ。僕たちがクルマの屋根の上に行灯(あんどん)の明るい光りを放ちながら、市中を狭しと走り回り、宵の口から深夜、真夜中、そして明け方にかけてまで、一昼夜を通してパトロールしているようなものである。大した用もないのに、明るい行灯を焚いて走り回り、表街道から裏道、裏路地、住宅街、繁華街周辺、山道、畑道‥に至るまで、無償のパトロールである。僕たちタクシードライバーは、犯罪の抑止や治安の維持において、曲がりなりにも一役買っているという自負はある。警察から防犯協力の感謝状をもらいたいくらいである。‥僕はそんなことを考えながらクルマの窓際に寄り掛かり、横浜の夜の灯(あかり)を眺めていた。‥そのとき突然、路地から若い女性が現れた。女性と僕は目が合った。彼女は小さく手を挙げた。ぼくはドアを開けて「どうぞ」と声をかけた。「いいですか?すみません、A町までお願いします」女性は行き先を告げた。「A町ですね、ハイ、かしこまりました」返事をかえしてクルマを発進させる。「もう
すぐ夜が明けますね‥」僕が言うと、彼女は笑顔で「ほんとに‥もうこんな時間なのね」驚いた様子で言った。二十代の半ばから後半くらいであろうか‥細おもての輪郭に、茶色の長い髪がよく似合い、すっきりと鼻すじの通った、上品な感じの色白の美人である。どことなく‥いまは亡き人気女性ボーカリスト、ZARDの坂井泉水を思わせる。女性は、お酒を飲んでいたのであろう‥最初はあまり呂律(ろれつ)があまり回っていなかった。話が進むうちにシャンとしてきた。「運転手さんは、煙草をお吸いになりますか?‥」女性が突然きいた。「いえ、僕は煙草は吸わないんです‥」どうしてそんなこときいたのかな?‥「あの、いま持ち合わせが足りなくて‥着いたらお金を取りに行きたいので、玄関で待ってて戴けますか?‥」彼女が言うので「ええ、もちろんいいですよ。お待ちします」僕は答えた。さらに女性は「運転手さん、煙草はダメでも‥スープとかなら大丈夫ですか?」と彼女はきいた。「ええ、まあ‥でもどうして?」僕は不思議に思ってきき返す。「マンションの上の階なので、待ってて戴くのが申し訳けなくて‥何か御礼をしたいのです」と彼女
。「そんな、気を使わなくても大丈夫ですよ」僕は振り向き笑って言った。こんな時間にタクシーで帰るくらいだから‥やっぱり水商売の女性かな?‥と思ったが、多少飲んでいるとはいえ、彼女からお酒の匂いはほとんどしなかった。雰囲気からして水商売というよりは‥OLのようにも思える。しかし、やり手のキャリアウーマンといった臭みを放ってはいない。OLよりはむしろ‥オフィス街の一角に店を構える、高級なお花屋さんのスタッフといった感じもする。どことなく素朴で、素直な優しさを漂わせた女性のように思われる。しかし、タクシードライバーに話し掛ける仕種が、きわめて自然で慣れているように感じられ、やはり水商売の可能性も捨て切れない。もし そうだとすれば、美人で、しかも嫌味のない彼女の人柄からして、かなり男性客にモテるタイプといえそうだ。この女性と話していて気付いた点がある。彼女は“ありがとう”という言葉が自然と口をついて出る。素直で優しい性格の持ち主なのだろう。「‥運転手さん、ありがとう」いまも彼女はそう言った。「A町の、どのあたりですか?」話の途中であったが、僕は彼女の話しを途中でやんわりと
遮って、必要事項のルート確認を急いだ。「ごめんなさい、話に夢中で‥、この先の交差点を過ぎたら、最初の路地を左に曲がって下さい」「わかりました」僕は彼女の指示に答えてハンドルを切り、狭い路地にクルマは入った。「この先を今度は右に曲がって下さい」狭い路地の中を、タイヤを軋ませながらクルマは走った。「そのマンションの前で停めて下さい」クルマはマンションの玄関前に横付けされた。「お待たせしました。2500円になります」僕はメーター金額を確認し、女性に告げた。「それじゃ、ちょっと待ってて下さい。これ、置いて行きますから‥」女性は、小さめの可愛いリュックを後部座席のシートの上に置いた。そして、おもむろに携帯電話を取り出すと「これも置いて行きます」そう言って、携帯をリュックの脇に置いた。「大丈夫、信用してますから(笑)」僕は言った。彼女はクルマを降りて小走りに玄関の中に入って行き、エレベーターのドアに吸い込まれて行った。「真面目な人なんだな‥」僕は、彼女の消えたエレベーターのほうを見て呟いた。‥10分くらいして、ふたたび女性は姿を現した。手に一万円札をしっかりと握っ
ていた。ちょっとシワになったお札を、彼女は丁寧に両手で差し出した。「お待たせしてすみません」「いいえ、こちらこそ。ありがとうございました!」僕は笑顔で一万円札を受け取り、お釣りの7500円を彼女の手に返した。「運転手さん、ありがとう」彼女は千円札を一枚取り出すと‥「これは、運転手さんへの御礼です」爽やかな微笑を湛え、僕の前に千円札を置いた。「こんなに?‥」千円札を手に僕が戸惑っていると‥「運転手さん、気をつけて帰って下さい。今日はほんとうにありがとうございました」彼女は言うと、小走りに玄関の中へと去って行く。エレベーターの前で彼女は振り向き、ペコッとお辞儀をした。腰をキチンと折って、丁寧に頭を下げていた。僕も笑顔で会釈をし、小さく手を振った。やがて彼女は見えなくなった。僕はハンドルを握り絞め、窓の外を流れる街の灯(あかり)を見つめながら、女性と交わしたやり取りを反芻していた。タクシードライバーとして、過去からの幾多の出会いの中で、またひとつ、忘れられない心象風景を残して“一期一会”の彼女は去った。『 流れゆく 心象風景 またひとつ 』

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2010年11月 1日 (月)

『 あつまりぬ みなとの町に 赤色灯‥ 』

10月の後半あたりから‥仕事で横浜東口方面から“みなとみらい”や、関内周辺に行くと、至るところにパトカーが走っている。いつもの何十倍ものパトカーの数である。そこかしこに警察官が立ち検問を張っている。それもそのはず、北は北海道から南は鹿児島まで、日本全国の県警のパトカーが、横浜のみなとみらい地区に集結しているのだ。札幌ナンバー、水戸ナンバー、鹿児島ナンバー、和歌山ナンバー、大阪ナンバー‥などなど、地方から来たパトカーと警察官が走り回ってる。そして‥横浜東口、みなとみらい、関内、山下町‥周辺に、警察の検問が一斉に張られ、緊張した面持ちの警察官がたくさん立っている。怪しいクルマは片っ端から検問に引っ掛かり、尋問を受ける。11月7日〜14日までの期間、『APEC=アジア太平洋経済協力会議』の舞台となる横浜みなとみらい地区は、昼夜を問わず物々しい雰囲気に包まれている。テロ活動に対して、万全の警備態勢を敷いているのであろう。現在、日本と中国の間は外交的に見て、かなりの緊張関係にあることは間違いない。開港当時から‥、中華街という繁華な地区を中心として、日中の交流が盛んな横浜という
港町は、中国人に対しても特別な感情や意識をあまり持たない地域と言えるかも知れない。しかし今回は、アジアを中心とした政治的な外交の舞台であり、各国の政府の要人が一斉に集う場所となる。緊張が走らないほうが不思議である。ぼくの個人的な考えとしては、このたびのAPECで注目すべきこととして、日本がイニシアチブをいかに握ることが出来るかという点に期待し、注目したい。“経済協力会議”とは言ってみても、その中心を成すものが、それぞれの持つ民族観や国家観であることに変わりはなく、歴史や伝統に裏付けられた民族としてのアイデンティティに基づくものであることを否定することは出来ない。国が国としての主権を主張するためには、領土的な問題とはべつに‥基本的なアイデンティティ‥すなわち、国が生まれ育って来た伝統・宗教・教育・芸術・文化・社会‥といった、精神的文化的な普遍性が大切であることは言うまでもない。つまり、これからの世界がどのように変わろうとも、決して変わらないものがある。また、変わってはならないものがある。‥その普遍的な価値の在り方をこそ見直し、国家間および民族間の、精神的な価値の尊重へと
繋げてゆかなければならない。その上での、アジア太平洋経済協力会議でなければ意味はない。経済とはそもそも、人々を幸せにする普遍的原則に基づくものでなければ意味はない。‥ぼくが今回のAPECに、日本の持つ役割りとしてイニシアチブの発揮を強く期待するのは、それによって、アジア諸国を中心とした21世紀の平和な礎(いしずえ)を築くことが、きっと可能であると信じるからだ。『 あつまりぬ みなとの町に 赤色灯‥ 』

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2010年10月31日 (日)

『 痛さにて 真理を悟る 修行かな‥ 』

もうひとつ、今回の怪我で学んだ大切な教訓がある。それは“真理は必ずしもひとつではない”という教訓です。現在、自分が習っている柔道教室には先生が二人いる。教え方も微妙に違う。基本からして違うと、習う方としても戸惑うのは当然である。例えば、今回 自分がミスをして、怪我を負うキッカケの一つとなった受け身についてである。柔道の受け身は一番最初に習う項目であり、それだけに重要である。投げられて畳に落ちた瞬間、身体を丸めて斜めに着地する。その際に片手で畳をバシン!と叩く。それで身体へのショック(衝撃)を吸収し、やわらげ、怪我を防止するのである。従って柔道をやる者はすべからく、受け身をしっかりと身に付けておかなくてはならない。その基本中の基本とも言える受け身の練習において、二人の先生の教え方が微妙に違うのだ。まず、受け身に入る際に、投げられたと仮定して、斜め方向に前転をする。畳に向かってゴロンと斜め前回りで転がる。つまり、斜めデングリ返しである。ここまでは、二人の先生とも同じである。このあとが問題なのだ。‥前転してから、手でバシン!と畳を叩き、その反動を利用して立ち
上がるのであるが、その際に、膝を曲げずに脚を伸ばし気味にして、前転の反動を利用して立ち上がるように指導する先生と、逆に 脚は伸ばさないで、膝を曲げて立つように指導する先生と‥二通りである。つまり、全く逆の教え方をするのである。どちらでも好きなほうを使うように‥と指導されるならまだしも、「膝を曲げるな、脚は伸ばして立つ!」と教える先生と、「膝を曲げないと立てないんだから、しっかりと曲げるように!」と、全く180度、真逆に教えられるもんだから たまらない‥。では、ぼく自身は、やっていてどう思うかと言えば‥明らかに、膝を曲げて立つほうが立ち易いし、前転した際に自然と膝は曲がり、そのまま自然体で立つことが出来るので、膝を曲げて立つことに賛成である。素人が偉そうに言うのもなんだが、ほんとうのことだから仕方ない。そこで思ったことは‥世の中の真理・真実は、必ずしも一つだけとは限らない、という教訓である。『 痛さにて 真理を悟る 修行かな‥ 』

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2010年10月29日 (金)

『 ピンチこそ チャンスを招く 布石なり! 』

昨夜10/28日の柔道練習で首と肩と腰を痛めてしまったため、今日29日は仕事を休んだ。念のため明日も休む。この二日間で、仕事の出来る万全の態勢に持って行きたい。昨夜は、首筋から肩にかけて激痛に悩まされ、ついでに頭痛もして、痛くて痛くて‥仰向けにもなれず、うつぶせにもなれず、左右に横になることも出来ず‥ほとんど一睡も出来なかった。やっと寝付いたのは明け方であった。人間はどんなに痛くても、眠気の限界に達すれば眠れるものだなァ-‥と思った。今朝の6時、会社に電話して「休む!」と告げた。事務所の係長が「どうした?」と聞くから、ぼくは「首と肩が痛くて動かせない」と言った。係長は「寝違えたの?‥それにしては、随分、重症だね‥」と不思議そうに言うから「違うよ。柔道でやったんだ。」とぼくは言った。係長は「柔道もやってんの?!‥」と驚いた口調で言った。「そうだよ。だから今日と明日、やすむ!」と言った。係長曰く「必ず医者に行って下さいね。そして、結果を報告して下さい」と言う。「わかったよ」と言って ぼくは電話を切った。「こんなことくらいで、いちいち医者になんか行ってられっ
かよ!!‥」ぼくはひとりごちて、ふたたび布団に潜り込んだ。昨夜、首筋と肩と腰に貼っておいた湿布薬が、今朝起きたらパサパサに乾いていたので、剥がして捨てた。‥ さて、今回の事故というか怪我によって、自分は貴重な経験をした。それらを書いて列挙してみる。まず、一見 悪いことが重なったように見えるが、実はマイナス面よりもプラス面のほうが、遥かに多かったのである。①自分自身の身体について、筋肉の弾力性や柔軟性、硬さ‥などが正確にわかった。②柔道の受け身における、身体の向きやバランスの重要性を認識できた。③「また やってしまうのではないか‥」とか「柔道を続けることは無理なのではないか‥」といった恐怖心と真っ向から闘い、それを乗り越える勇気と闘志を学び、そして、マイナスのイメージに対して、それを克服するための精神的な心構えを学んだ。④逆境をハネ返し、それを順境に転じるための、不屈の闘志と勇気の構築。⑤今回、逆境におけるマイナスの要素をプラスの要素に転じるために、様々な学びと気付きの機会を得ることによって、人生そのものをよりプラスの要素によって構築してゆく、絶好のチャ
ンスを得た。⑥柔道を始めてすぐに逆境に直面し、いきなり学ぶ機会に恵まれ、自分はとても運が良く、強運の持ち主であることを発見し認識するに至った。⑦現在の自分のあるがままを知るに至り、謙虚さ、素直さ、感謝の念を持つことが出来た。⑧チャンスの前には、かならずピンチが訪れることを、身を持って知る機会となった。⑨自分はピンチと逆境に鍛えられ、成長し、ほんとうに強くなるという、信念と確信を持つに至った。⑩自分はつねに、神仏祖霊によって守護られていることを、強く確信することが出来た。‥以上である。これらは、いま自分が紙に書き出したプラス面の要素の一部である。もし、昨夜の柔道の練習によって、これらの気付きを得る機会を持たなかったならば、自分はもっと先に行って、取り返しのつかない大怪我をしていた可能性すら無きにしもあらず!‥だったのである。それを思うと、痛さを持って教えてくれた運命の神様に対して、そして、常日頃から陰日向に守って下さると信じる神仏祖先の御霊に対して‥心からなる感謝を思わずにいられない。‥合掌。『 ピンチこそ チャンスを招く 布石なり! 』

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『 怪我に泣く 秋の夜長の 孤独さよ 』

柔道で身体を痛めた。ただでさえ身体が硬いのに、今日は仕事明けで夕方まで寝て、起きてすぐに着替えて武道館へ向かった。一日中、外は冷たい雨が降っていた。身体が冷え切っているところへ、柔軟体操もそこそこに練習に参加した。寒い日は身体が冷えて硬くなっているため怪我をしやすいのだ。柔軟体操で十分に身体を温めてから、柔道の練習に入らなければ危険である。自分はその危険を犯してしまった。家でギリギリまで寝ていたため、慌てて用意をして家を出た。30分以上も遅刻したので、時間がもったいなくて柔軟体操もそこそこで練習に参加した。それがいけなかった。身体が硬かったため、まずは受け身の練習で、腰と肩のあたりを痛めてしまった。そのあと、相手と向かい合って 一本背負いで投げられた際に、グキッとやってしまった。受け身の練習の時に痛めた首と肩を、一本背負いでモロにやってしまった‥。帰宅後 痛みは増し 首と肩は動かせない。痛くて眠れない。‥『 怪我に泣く 秋の夜長の 孤独さよ 』

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2010年10月24日 (日)

『 猫が来て そっと丸まる 冬座敷 』- 畳の心 -

『 猫が来て そっと丸まる 冬座敷 』- 畳の心 -
日本の心は‥ 畳の心。ここ最近、柔道を始めた。横浜市港北区の岸根公園に隣接する『神奈川県立武道館』の中に柔道場はあった。県立武道館では、柔道のほかに 剣道、空手、合気道、居合道、弓道、薙刀(なぎなた)、太極拳‥ など、様々な武道・武術を行っている。なぜ 自分が柔道を選んだかというと、剣道や空手は子供の頃から学生時代にかけて経験しており、また 自分のスケジュールの都合上、柔道が一番参加しやすい日程が組まれていたからである。空手や合気道にも興味はあったが、いかんせん 時間と日程が合わない。これは柔道をやれということだな‥と受け止めて、入会を申し込んだ。ただし神奈川県立武道館は、柔道場を完備しているとはいえ、あくまでも場所を貸しているだけであって、10月〜12月いっぱいの三ヶ月間をもって、柔道教室の初心者レッスン・スケジュールは一応終了する。あとは各自、柔道を続けたい人がいれば、さらに開放されている一般稽古の稽古日に来て、一回ごとに回数券を払って参加するシステムである。いわゆる町中にある町道場とは違うのだ。町道場は、入会金や
月謝が相当に高い。家賃やテナント料金などもベラボウに高いのであろう。また、武道館と比較してかなり狭い空間で行われるから、その点も 武道館の広々した空間の、開放的な古式ゆかしい武道場の、明るく爽やかな雰囲気に遠く及ばない。もちろん、町道場には町道場の良さがあり、稽古指導のシステムも道場ごとに確立されているだろうから、決して悪いとは思わないが、自分は この広々とした武道館の雰囲気が好きなので、ここに決めたわけである。教授陣の先生方も、とても魅力的で人格者の方々であるため、習う者としては大変に有り難い。武道館の職員の方々も、親身になっていろいろアドバイスを下さるので、至れり尽くせりである。柔道は 力よりも技が決め手といわれるが、しかし 初心者にとっては、自分より遥かに体重の重い人間を相手に、身体を密着させて行う場合、やはり脅威を感じるものである。以前やっていた空手や剣道では、身体の大きな人間と向かい合っても さほど脅威は感じなかった。空手や剣道のような、いわば打撃戦においては、スピードや瞬発力、全身のバネ、技の切れ‥などが かなり有効なポイント
であった。しかし、柔道は違う。相手と身体を合わせて技を掛け合うため、どうしても体力的に勝る相手や体重差のある相手とやる時に、よほど“技”で上回っていない限り 分が悪い。特に、寝技に持ち込まれた時が苦しい。( ̄▽ ̄) ‥さて、体重で勝る相手と組んだ時に、自信を持って相手を攻略し、制圧するにはどうすればよいか‥それが目下の課題である。一にも二にも練習を積み、練習量で相手に勝り、その中から自信を深めてゆくしかないが、考えるに、ポイントはいくつかあると思う。まず当然のこととして、自分の“技”(技術)を磨くこと。次に“力”(体力)をつけること。そして相手と組んだ時に、容易に寝技に持ち込ませないこと。相手のスタミナを奪うこと。相手の弱点を見つけること。そして、相手の《ミス》を見逃さないこと。‥等である。 こないだの武道館での練習で、自分よりも身長と体重に勝る相手と寝技の稽古をした。相手は、全く初心者の自分よりも多少柔道の経験があるようで、容易に寝技をハネ返せない。彼は 身長175㌢、体重75㌔。自分は 身長168㌢、体重
は57㌔しかない。寝技に持ち込まれた際に、20㌔近い体重差をいかんともしがたい。熟練した選手同士であれば、返し技などで逆転も有り得るが、いまの自分では経験と力が不足している。三ヶ月で初心者クラスのレッスンの日程はすべて終了するが、自分は この男からキレイに一本取るまでは、柔道をやめない!(-"-;)‥。学生時代にやっていた空手は、その他のものと両立出来なくてやめたが、あの時に「コイツにだけは絶対に負けたくない!」と思うライバルがいたならば、自分は空手を続けていたかも知れない。精神を重んじる武道は自分自身との闘いであるが、しかし、競い合うライバルがいるといないとでは、とくに武道競技のようなものは 進歩や上達という面で違いがあるように思う。 武道館の柔道に通って来てる人は、女性も含めて自分よりも若い連中が多い。学生、サラリーマン、OLなどがいる。若い女性が一人いるが、ぼくらと一緒に同じ稽古をしている。こないだの練習で、紅一点の彼女を背負い投げで投げた。彼女は細身で軽いので、投げ易かった。やはりウエイト差というものは、組んで投げる柔道の場合、ある程度
影響するのは否めない。彼女は軽量であるが、寝技もなかなかに強いのである。中には、磯子から通っている高齢の男性もいる。彼は70歳を少し越えたくらいに見えるが、そのお歳で柔道を初心者から始める勇気には脱帽である。彼は小柄で痩せており、年齢的にも稽古のキツさについてゆくのは大変だと思うが、とても気持ちが若く、前向きで明るいのである。そして何よりも、柔道を好きで始めた彼自身の、若者とともに一生懸命汗を流す姿勢に、ぼくは夢を感じ、心から感動する。更衣室で一緒になった折り、彼と言葉を交わしたが、年齢も、社会的地位も、権威も、そういった俗世間の垢のことごとくを 汗と一緒に流した者同士の、爽やかな“心の絆”のようなものを感じた。帰りがけに彼は、剣道の少年部の練習を熱心に見つめていた。そこには、高齢者であるという意識も、負い目も、世間体も、お体裁も‥微塵もなく、ただひたすらに武道に憧れる、純真な少年のような心だけがあった。‥彼の瞳は輝いていた。こんなふうに 歳を重ねて行きたいと思った。武道も、書道も、茶道も、華道も、俳句や短歌も‥ 日本の心は、畳の上で根付いて来た
畳の文化であり、“畳の心”であると思った。‥『 猫が来て そっと丸まる 冬座敷 』

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2010年10月17日 (日)

『 田園を 歩く少女の 影は伸び‥ 』- 犬を抱く少女 -

『 田園を 歩く少女の 影は伸び‥ 』- 犬を抱く少女 -
『 田園を 歩く少女の 影は伸び‥ 』- 犬を抱く少女 -
『 田園を 歩く少女の 影は伸び‥ 』- 犬を抱く少女 -
病院のタクシー乗り場で客待ち待機していると、高校生くらいの一人の少女が病院の玄関から出て来た。ひと抱えほどの籠(かご)を、両手で大事そうに抱えている。ペットのワンちゃんが入っているのがわかる。ドアを開けると少女は乗り込み「〇〇までお願いします」と 静かに告げた。「はい」ぼくは返事を返してクルマを発進させた。ミラーで少女の顔を一瞥すると、彼女は窓外に目をやり、夕陽に染まる西の空を眩しそうに眺めている。‥思い出した!! この子は こないだも病院から乗せたな‥。確か あの時も、ワンちゃんを入れたこの籠を抱えていたっけ。‥あの日も 一人でタクシーに乗って来た。きっと お母さんか誰か、身内の人が病気で入院しているんだな。お見舞いの帰りだと思われる。それにしても、毎回 ワンちゃんを籠に入れて連れて来るとは、よほど大切に可愛がっているんだな‥。そんなことを 思い巡らせながら、あの日と同じ“田園の道”を走っている。「このあたりで停めてください」あの時と同じく、畑の道が途切れるあたりで 少女は声を発した。「はい、わかりました。」ぼ
くは言って、クルマを畑道の脇に静かに停めた。「ありがとうございました、千五百円です‥」ぼくは告げた。少女は財布から千円札を二枚取り出し「これでお願いします」丁寧に言った。ぼくは お釣りを手渡すと、ドアを開けて「忘れ物ないようにして下さいね!」ひと声かけるのを忘れなかった。「ありがとうございました‥」少女は礼儀正しく返事を返し、ちょっとはにかんだような笑顔を見せた。頬は、真っ赤な夕陽に照らされて、輝いた。全然吠えない大人しいワンちゃんを入れた籠を大事そうに小脇に抱え、彼女は降りて行った。夕陽を浴びて金色に輝く田園の畑道を、犬を抱く少女の後ろ姿が去ってゆく。おぼろに揺れる陽炎のように、少女は 夕陽の中に溶けてゆく。細い影が ひときわ長く伸び、やがて細く、小さく、消えてゆく‥。ぼくは クルマを降りて 一服し、夕陽を眺めながら、少女の去って行った田園の彼方を見つめていた。さあ、一服したら、これからまた ひと仕事だ!‥『 田園を 歩く少女の 影は伸び‥ 』

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2010年10月15日 (金)

『 朝風呂や シャボンの中で 舟を漕ぎ 』

タクシーの仕事は、普通、24時間営業である。一般の8時間労働の約三倍に当たる。一回の走行㌔が、大体 250㌔〜300㌔前後。それを、一日置きに3回乗って3出番数をこなし、やっと お休みが入る。身体はクタクタである(+_+)‥。日々の、唯一の楽しみといえば、朝風呂にゆっくりと浸かり疲れを癒すことだ。朝風呂大好き!!(^-^)/♪♪‥ 硬く 凝り固まってしまった筋肉の緊張感が、湯舟の中でゆるむ。それと一緒に、労働の疲れも抜けてゆくのだ。タクシードライバーの自分にとって、朝風呂は まさに天国なんだ!(*^▽^*)/ ♪♪ ‥。 昨夜、横浜以南の某駅タクシー乗り場から、中年の男性客を乗せた。ドサッ!とシートに身体を投げ出すように‥無造作に乗り込んで来た男性客は「〇〇まで!‥」と これまた投げ出すような物言いで迫った。「はい」自分は返事をして、ハンドルを右に切ってクルマを発進させた。一目で酔っているとわかる男性客は、五十代の働き盛りのビジネスマン‥と見受けられる。「ここのタクシー乗り場はよォ‥新しくなってから、随分と悪くなった
よなァ-!!‥」いかにも聞こえよがしの言い方が、いちいち鼻に付き、自分はシカト(無視)した。「なあ?、タクシー乗り場が新しくなってから、サービスが悪くなったよなァ-?!‥」客は 吐き捨てるような口調で、巻き舌を鳴らしながらのたまうた。《チェッ、いちいちウルせぇ客だな-!(怒)(-"-)、オレに絡むんじゃね−よ、バカヤロウ!!( ̄□ ̄)怒!!》‥内心 思いながら、「はぁ? おっしゃる意味が わかりませんね。」自分は 知らばっくれて言い放つ。「なんだと! オイ! 運チャン、アンタ わかってんだろーが?!‥ タクシー乗り場が新しくなってから、距離は短いのに 料金メーターの金額が 高くなったんだよ!!‥タクシー乗り場から出るまでの信号のタイミングが悪くて、待ち時間が長くて メーター料金がハネ上がるんだよ?!‥わかってんだろーが!!ええ?!」客はケンカ腰になって来た。「確かに、そうかも知れませんね。だけど、それを私に言われても困りますね。私が決めたんじゃないのでネ!!‥」
客の言い方にカチンと来て、いい加減トサカに来ていた自分は、振り向きざまに睨み据え、大きな声でハッキリ言った。《酒の勢いを借りて、エラそうに文句タレてんじゃねえよ!!‥近場なんだからテメエの足で歩け!!(怒)》内心思いながらクルマを停めて、メーター料金を提示した。「〇〇円です!」と、いつになく冷たく言い放つ。男性客は 急に大人しくなり、「はい‥」とだけ言って、ショボくれたように肩を落として、トボトボと降りて歩いて行った。その後ろ姿からは、ストレス社会に生きるビジネスマンの哀しみが滲んでいた。会社で、なんか嫌なことがあったのだろうな。飲み屋で飲んでウサを晴らし、タクシードライバーの背中越しに毒づいて、自分の虚栄心を守ることで精一杯な感じだ。会社で上司にペコペコし、取引先にオベンチャラを使い、家でも自分の居場所を失った男の後ろ姿ほど、哀れなものはない。サラリーマンの着ているスーツは、いわば自分を守る鎧のようなものだな‥。オレの鎧は なんだろう。そんなことを考えながら、いつの間にか、湯舟の中で寝てしまっていた。湯舟から立ち昇る、湯けむりと 清潔な石鹸
の香りとが、またぞろ夢の中に 自分を誘い込んだ。‥ 朝風呂や シャボンの中で 舟を漕ぎ ‥

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2010年10月13日 (水)

終わり

終わり
タクシー☆ルポライトは これで終わります。なぜかとゆうと、いつの間にか、タクシーと 全っっっったく‥関係ない内容になってるから。 だから これで終わります。 長い間の 短い間、ありがとうございました!m(_ _)m ‥ さて、タクシー☆ルポライトに代わって、次からは‥『勝手に 詩歌(しいか)!』というタイトルのブログをスタートさせます。日々の出来事や、日常のひとコマを切り取って‥、それを歌や川柳、句や詩などに変換して、詠んでやろうという 魂胆です!( ̄▽ ̄)v‥。もちろん、エッセイや写真も いままで通り、書きまくり!、撮りまくり!、載せまくり!、サボりまくり!‥と、とにかくっっっ( ̄▽ ̄;)頑張りマス!(^_-)-☆ おしまい!!

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2010年10月11日 (月)

プールサイドの木漏れ日‥

プールサイドの木漏れ日‥
プールサイドの木漏れ日‥
プールサイドの木漏れ日‥
プールサイドの木漏れ日‥
プールサイドの木漏れ日‥
今日は朝から快晴だった。自宅の近くには市営プールがある。横浜でも珍しく大きな野外プールである。大きな円周の流れるプールがある。いまは 季節ではないので、プールサイドは解放されており、自由に使える。木々の枝葉が風に揺れ、朝陽が美しい木漏れ日となって落ち、そこかしこに、光と影の紋様を描いている。プールサイドには、お散歩したり、犬を連れてる人もいる。適度な広さがあり、ぐるりと円周が廻っているので、ジョギングをしたり身体を動かすにも適している。道を挟んで反対側には、横浜でも有数の野鳥の撮れる静かな池の公園があり、プールサイドともども人々の憩いの場所となっている。いつものように身体を動かし、一定のコースをジョギングし、ふたたびプールサイドへと戻った。 ふと 足元を見ると、シューズの紐と網とジャージのズボンに、何やら緑色をした小さなモノがくっついている‥。よく見ると、それは葉っぱのようだった。小さな小さな、鮮やかな鶯色の葉っぱだった。その小さな葉っぱ?‥は、ピタッとくっついていて なかなか取れない。丹念に 指先で 一枚 一枚、剥がして取った。鶯
色の葉っぱは、よく見ると サヤに入った えんどうマメのような葉っぱだった。これが 草叢に群生していて、そこに足を踏み入れると アッという間に、足元にひっ付くのである。小さいくせに、なかなか強くひっ付いているので、取るのが結構大変である‥。形は、ほんとうに、小さなえんどうマメのようだ。 ここで 運動していると、かならず コイツらがくっついて来る。小さくて 可愛いんだけど、いかんせん なかなか取れない。だから ぼくは、もう 気にしないで くっついたままにしている。 コイツらも 一緒にトレーニングをしたいらしい。旅は 道づれだ‥。

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